なんかイタいタイトルをつけちゃったけど…本気で思ってる話…笑
「今」感じていることを残しておきたくて書きます。
記入日:2024.3.10
人生の転換期…?
最近、特に今年入ってから、”人生の転換期”感をすごく感じる。
いままでの人生に一区切りついて、リセットされて、やっと自分の人生が始まった感じ。
きっとこういう感覚って本来、経済的にも生活的にも自立する機会が来る新社会人が思うものだとは思う。
けれども自分が社会人になれるのは5,6年後で、それまで親のお金で生活を保証してもらっている身分だという点では、今から話すことは驕った感覚だとも思う。って先に保険をかけておく笑
本当に最近、特に今週。そういう縁を強く感じる。
新しく自分を始めるべきと諭されるような…
っておしゃれに言ってみたけど、Threadsの投稿が目に留まったりYouTubeのオススメに感化されたり…ぜんぶネットのパーソナライズなんですけど!笑
それも縁じゃん。
振り返って気づく。
「20代の女の子たちへ」と銘打ったスレッドが流れてきて、普段なら説教臭そうなものは読もうと思わないのに。
なぜか読んじゃったし、とっても刺さった。そして今までを振り返って気づいたことがあった。
去年までは、自分のこれまでの人生経験で語れることがある気がしてた。
もともと繊細な自分が特に多感な中高生の頃に精神的な家庭環境が良くなかったこと、それを耐えてきたこと、その境遇を自分の身の回りに共感しあえる人はいなかった(友達に話してはいたけど)から、ひとりで抱えて悩んできたこと。自分の力だけじゃ変えられない状況と環境に苦しんできたこと。
その環境の中で努力ができない自分を責めて悩んで考えて考えて考えた末、自滅思考は手放せた浪人時代。
それを経て、生活環境が変わって。「なんだ努力できるじゃん自分」ってはじめての成功体験を得た去年上半期。
今あげた経験ゆえに、人よりもませた考え方になっていたし、同世代の子たちよりも年上の人の方が話が合う感覚があった。
でもこれって、不可抗力をきっかけに得た人生経験であって、私が自分の手で切り開いて得たものじゃない。
イチから自分で切り開いて手に入れたものは、私はまだ何ひとつ持ってない。ことに気がついた。
いまの生活環境
そして今は事故的で予想不可能な”逃れられないマイナス要素”がほぼ起きない環境にいる。
頼りたいときに頼りたい人に頼れず、自分で自分をなんとか立たせてきたことを、受け止めてくれた人と出会えた。
少なくとも中高生の頃とは比べ物にならないくらいの安定と安心が自分の中にある。
今までの苦さはリセットされて、やっと自分の人生を自分の力で変えられる土俵が整った。
自分には捉え方を変える以外何もできないことだったり、頑張っても事故的なマイナスで打ち消しになったりすることはない。ふいにモチベーションやエネルギーを奪われることもほぼない。
なら、なおさら自分の手で何かを得ようとしなくちゃ。いくらでもそれができる環境にいるのに、そのことに今まで気が付かなった。
光をみて気づく。
とはいえ、一学期の試験の失敗で自信をなくし、二学期も頑張りたいはずの序盤に体調不良で思うように頑張れていなかったタイミング。何かを得たいけど、でもそんなこともできていない自分に何ができるというんだ…
そんなときにYouTubeのオススメで流れてきたNiziUのオーディション番組時の映像を見た(当時は見てなかった)
そして思った。
人間って数カ月でこんなに成長できるんだ…
この子達の素直さと整った育成環境が、私になかったとしても、
せめてその1/10くらいはできてもいいんじゃないか…?
もっと大きい夢を見てもいいんじゃないか…?もっと貪欲になっていいんじゃないか…?
大学に入ってからというもの、
自分にはできてここまで、とか。これは向いていてこれは向いてないだとか。どーせこうだろとか。
良くも悪くも20年くらい生きると、自分がどんな人間かわかってきちゃうし、きっとその現実的な分析も間違ってはないんだろうけれど。
大きな夢を追い求めてすごい速度で成長していく人たちを見たら、
あ…これ、自分で自分の可能性を狭めてるかもしれない…。って気持ちになった。
なりたい自分の姿、全部かなえる気でいてもいいんじゃないか…?
半年以上見失いかけてた野心みたいなものが刺激された。
一時的なやる気
って言っても。
こういう一時的にやる気だけ燃え盛って、結局行動は変わらない、口先だけっていうことを繰り返してきちゃってるから。
また思ってるだけなのかもしれない。
でもまあ、せっかくのやる気エネルギーで、本を読むことにした。
感情に振り回されずに行動を起こせるような「行動デザイン学」系の。
さあ、どうなるのやら…?
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